ザックLeeeak

主にグルメと映画と趣味についてのブログ

『飽きる』というのは、「もう全部知ってる」という錯覚からじゃないか

『恋人に飽きた』『車に飽きた』など、人間必ず「飽きた」という場面に遭遇します。

 

あれだけ熱かった気持ちも、一生愛するという気持ちも、何故か「あれだけあった気持ちが薄れてきたな~」と思うことがあるも思います。

 

「ゲームに飽きた」ならいいですけど、恋人や車について飽きてしまったら、何とかしなきゃと思いますよね。

「もう一度あの時の気持ちを取り戻したい、けど何故か戻れなくて困ってる」というような時は尚更です。

 

そういう時って、『「相手のことをすべて知った」気になっていることが原因』です。

 

相手のすべてを知った気になってる

新車を買って1年たった頃、以前より大事にしてない自分にふと気づいたんですよね。

 

あれ?アクセルワーク雑やな?

あれ、適当に扱ってるな?

と、ふと気づきました。

 

あれだけ「大事に乗る」「10年は大事にする」と言っていたのに、これはいかんぞと。ちょっと焦りました。

 

なんでかなーと思って思い当たったのが、『知った気になってるから』じゃないかなと思ったんですよね。

 

たまにしか乗らない、どう動くとか燃費とかわかってきた。相手のことをよく知ろうと慎重だった時は大事にしてたのに、「だいたいこんなもんだ」とわかってくると愛情が薄れてくる。

 

これ人間も同じだなと思いました。

あれだけ愛する!一生懸命大事にする!とドキドキしていた付き合いたての気持ちも薄れて、安定してくる。

そういう人間の仕組みでしょうけど、これは「相手を知った気になっている」ことが原因だなと。

 

もう1回相手を知ろうとする

それに気づいた自分は、もう1回愛着を持って買った愛車のことを知ろうと思いました。

改めてのデートです。「もう1回あなたのことを教えてください」「どんな人なのか知りたい」っていう純粋な気持ちからのデート。

 

用事もないのに『車との対話をする』ためのデート。当てもなく幹線道路を飛ばして、田舎道に行って、

・カーブを曲がろうとする時の挙動はどう?

・どれぐらいハンドルを切ると曲がる?

・走行中どれだけ揺れる?

という、人間の五感を集中させて、「あなたについて教えて」っていう真摯な気持ちで運転する。

 

そうすると、『知った気になっている』挙動とやっぱり違うんですよね。

「あ、あなたってそんな動きするのね」

「あ、こんな反応返すんだ」

という、頭の中で勝手に作ったイメージとの違いがわかって、全然知らなかった自分を恥じると同時にまた惚れ直す。

 

車でもそうだから、人間も尚更かなと思います。

 

「相手に飽きた」ってのは思い込みで、知ろうとしてないからかもよ

「相手に飽きた、興味がなくなった」というのは、夫婦でもよく聞きますが、相手のことを知ろうという『動作』をしなくなってしまったからじゃないかなと思います。

 

現に「知ろう」と思ったことによって、もう一度車にも愛着が持てた。

自分が「相手のことを知ろう、分かろう」という動作をしなくなったことを、相手が関心を持ってくれないからと他罰的になってしまうことが余計溝を深くする原因かも知れませんね。

 

どこかで聞いたことがあるのですが、「相手が自分のことを知ろうとしてくれない、愛してくれない」という相談をしてきた人に対して、「あなたは相手のことを愛そうとか知ろうと思ってるのですか?」と返して、していないことに気づいた相談者が愛を取り戻す話もありました。

 

やっぱり自分からの働きかけが大事なんですよね。

 

まとめ

車に愛着が薄れてきたことに対して、「自分からもう一度知ろうとする」ことによって飽きを解消できました。

 

今ではもう一度大事にしようと思えてる最中です。

 

自分からもう一度知ろう、愛そうとする動作って大事かも知れませんね。

 

ではでは!