ざっくり書くブログ

気の向くままにオススメしたい内容や旅の体験記、思考などを書いています

何事もやってみることでしかわからない

 

最近、外国人との会話アプリを始めた。

 

www.langmate.jp

 最近、映画や飲み会などのグループラインに参加した。

 

最近、ブログをできるだけ連日、駄文だけど更新するようにした。

 

分かったことは、「やってみないとわからない」という当たり前のことだった。

今まで安全圏が一番心地がいいと思っていた。

 

人付き合いも怖くて、嫌いで、めんどくさくて、友人もいない(とは書きたいが少なからずいる)、自分の安心できる守備範囲の中にこもって、安全な膜のなかで生活するのが一番だと思っていた。

 

だが違った。一度全く違う異分野に飛び込んでみると、何でもいいから頭を突っ込んでみると、違うエリアが顔を出す。

 

それが最初はストレスだった。「自分はもてなされるべき」とか「尊重されるべき」みたいな思いも頭に上がることもあった。

 

けど、ストレスに感じる原因は自分の決めた勝手な「こうあるべき」ルールが原因なのだ。

 

ストレスに感じないということは、居心地がいい。

変わる必要もないし、考えを改める必要もない。なぜなら自分を変えるのが一番面倒で大変だからと思っていたからだ。

 

でも、本当は自分を変えるのが手っ取り早いし、新しい環境を自分で作っていかなければ場が存在しない、できないのだ。

 

人付き合いが苦手だと思っていた原因は、人に期待しすぎていたこと。自分が人に気を遣うのと同様に、相手にも自分に気を使うことを求めていたことが原因だ(勝手に期待しすぎ)

 

そういう自尊感情の肥大化が、自分がうまくいかない原因だと一つ気づけた。

 

「どうぞどうぞ」と譲り続けていては、周りがどんどんエリアを占領していく。

お前の分は確保してあげるよ!なんて気を遣う人はいない。なぜなら周りは「自分の意志で差し出している」と思うからだ。

 

だから、会話にしても居場所にしても、自分で確保する気持ちがいる。

空気を読むとか、顔色をうかがうとか、その能力は素晴らしい。けど人は同じように空気を読む人ばかりではないし、自分で自分のエリアを確保しないことを自分の意志でそうしているんだなと解釈する人のほうが多数だ。「いえいえ」ばかり言っていたら、周りはその言葉通りに受け取るから。

 

また、ブログも書いていることで、筋トレではないけど書く意欲や力が増しているような気がしている。もちろんはてなスターをもらえたら嬉しいし、アクセス数も増えていたら嬉しい。

 

けどそういう「何もしないでも一攫千金」的なことはなくて、何でもいいから動くこと、続けること、やってみることで色々勉強になることと変わることができてくるんだなぁと思った。

 

人間は素粒子の塊で、振動しているなんて量子力学の話もあるけど、とにかく「やぅてみる」というのが人間大事だなと最近は特に思う。

genkiraku.self-realizing.com

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(この画像がよかったので引用(笑))

 

雑談とかコラムばかりで「役立つ情報まとめ!」みたいにはなっていないし、あとから見返したら恥ずかしい駄文を製造しているかもしれないが、一応足跡としてインターネットの墓標上に漂流させてみようと思う。

 

やってみること、動くこと、経験することが何より大事だなと最近思った。以上。