ざっくり書くブログ

自分が自分に書く、自分のための雑記

はてなスターについて思うこと

はてなスターを定期的に付けてくれる人がいた。

記事をあげたら必ず当日中に星3つを律儀につけてくれていた人がいた。

連続して記事を投稿しても、すぐ全てに星を3つつける人がいた。律儀に。

ところが、その人が自分の読者を辞めた。

記事を一日に4つ連続して投稿した日だった。

変わらずその人は律儀に星3つを各記事につけてくれた。そして居なくなった。

彼のブログを見に行ったことがある。毎日記事を更新していて、はてなスターが毎回1000?以上ついている人だった。

だけど自分には心の琴線に触れるような記事ではなく、日常のニュースや疑問を書いていたような内容で、義理で何回かはてなスターをいくつか返した覚えはある。星3つを。

なんで辞めたんだろうね。

「星をいくつも押しているんだから、返すのが当然だ」と思っていたのか。

「俺が義理で毎回毎記事に押しているんだから、同じぐらい返すのが義務だ」と思っていたのか。

「自分だけはてなスターを押すのが損だ」と思っていたのか。

「単純に合わない」と思ったのか。

それは分からない。

けど、ひとつ思うのが「知らんがな」ということだ。

もし「俺が毎回押しているんだから返すのが当然だ」と思っていたなら尚更だ。

「自分のやった分を返すのが筋だ」と思っていたのなら、知らんがな。

このブログは、過去の自分に対し、自分に響くように書いた自己との対話だ。

もちろん星を貰うのは嬉しいが、自分が自分に書いた言葉の羅列を、なにか拾うところがあり自然に押してくれたのなら、それはそれでありがたいことだなと思う。

けど義務ではない。頼んでもいないし、強制した訳でもない。はてなスターを押さないのはけしからんと思った訳でもない。

勝手に「自分が押した分は、いくつかでも返すべきだ」と思っていたのなら、とんだありがた迷惑だ。

彼のブログのはてなスターの数も、そうやってたくさんの人のブログに星をばら撒きまくった後の、義務感の星が何割か入っているかもしれない(これは想像だけど)

自分だったら、そういうのは嬉しくないと思う。

対して心に響かなくても、義務感でいいねを押して、いいねを返してくれる人だけ厳選するやり方だったのなら、俺は全然嬉しくないと思う。

そんな雑記。