ざっくり書くブログ

自分が自分に書く、自分のための雑記

『嫌われたくない』と思うと苦しいけど、もう既に嫌われている前提だと覚悟ができる件

こんにちは、ざっくりです。

 

ここ数日新しい職場環境に慣れるために色々気苦労してました笑

 

これから何年も職場で顔を合わすかもとか、嫌われないようにって無難に過ごしたいと思い、気苦労してばかりでした。

 

けど、やっと普通に、驕ることなく、人と接する方法が自分なりにわかった気がします。

 

それは『既に嫌われている』です。

 

自分は嫌われたくない嫌われたくないと、友達から知り合いから同僚やら、色々気遣いをして生きてきました。

 

粗相のないように、不快な思いをさせないように、変に思われないように、とにかく『普通』を目指し、生きてきた自負があります。

 

おかげで人と接するのが疲れたり、時には適応障害になったりと、嫌われないように気苦労を重ねて、結局嫌われたりすることもあったりして「なんでやねん」と思ったりすることもありますが、根本から間違っていたのです。(今更)

 

嫌われないようにって思うと、親切丁寧によい言葉遣いでいい人を演じ続ける仮面を被ったような感覚で、一瞬たりとも気が抜けない感じがしてました。

 

周りに振り回され、周りに忙殺され、結果的に『こんなに気を使っているのに…』と思うこともあります。疲れました。

 

けど、『最初から嫌われている』『自分なんかいてもいなくてもいい』『この世は勝手に回っていく』そう思ったら、視界が開けました。

 

もう嫌われているので、相手が冷たい言葉を言ってこようが、挨拶をして返してこない時や、ぶっきらぼうな物言いをされたとしても、ノーダメージになりました。

だって『既に嫌われているから』です。

 

『自分は既に嫌われている』という前提を持てるから、自分から挨拶をしたり手伝ったりは主体的になれます。

相手の反応如何に関わらず、「私がする、したい」だけで行動が完結するからです。相手は関係なく、私がしたいから挨拶や手伝いをしているという訳です。

 

自分がしたいからやっただけで、相手の反応は関係ありません。喜ばれたらラッキー。嫌がられたら今度からしない。シンプルになりました。

 

また、最初から嫌われている前提なので、人の優しさが身に染みます。

「代わりにやっておくよ」「先に帰っていいよ」等々、前なら評価を下げてしまうとか、内心ヒヤヒヤしてお返ししなければと半ば強迫観念に襲われてましたが、「嫌われるかもしれない」から自由になったので素直に受け取れます。

 

大体の自己啓発や精神論は『よい前提』

を持つように言われる印象ですが、よい前提で過ごしていても気分が悪いことや嫌なことは降ってくるわけで、その時に裏切られたとか、なんでこんなことにとなりがちです。よい前提で過ごしているから足元をすくわれるような気分になり、どうして上手くいかないんだと思いがちでした。

 

でも、最初から嫌われているなら覚悟が決まる。人の態度や言動は関係なくなることに気づけて、精神的な負担が大幅に変わりました。

 

これに気づけてよかったーー!

 

ということで、『嫌われないように』努力して、苦しんでいる人がもしいたら、参考になればと思い書きました。

 

自分が死んでも世界は回るし、仕事にも変わりがいるし、いてもいなくてもいい存在なのです。

そう思ったら大幅に自由になれました。

 

これを読んだあなたにも幸あれ。